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ログハウスと歴史について

ログハウスについてと、ログハウスの歴史についてまとめてみました。
日本でログハウスという言葉が一般的に知られるようになったのは、1985年に雑誌「Outdoor」の別冊として「夢の丸太小屋に暮らす」誌(現在は地球丸より発刊)において用いられてからです。
この雑誌において紹介されているログハウスと、建築法規におけるログハウスは少々違っている点がありますのでご注意下さい。
ここでのログハウスの定義は「建築基準法施行令」における「丸太組構法の技術基準告示」に合致する建物です。
雑誌などで広く一般にログハウスとされているものでは

マシンカットログハウス=丸太組構法  
 
ハンドカットログハウス=丸太組構法 
 
ポストアンドビーム =軸組(在来)構法  

 であり注意が必要です。丸太組=交差部=ノッチですから、ノッチを持たないバッド&パスやダブルテイルノッチなどのタイプ、また、ピーセンピースと呼ばれるノッチとポストアンドビームを組み合わせたタイプなどのように丸太組構法技術基準に準じていないタイプのログハウスもありますから注意が必要です。

建物を建てるには役所の許可が必要です、大きくは都市計画法建築基準法の2つの法律に則って「建築確認申請」という行政手続きを行います。一般に住宅地と呼ばれる地域はほぼこれに該当するでしょう。
確認申請が不要な地域もあり、この場合は「工事届」を提出して建築を行うことになります。

ログハウスで住宅や別荘を建てるような場合には、確認申請では、建築法規に則った建物であることを前提に、建築地、建物の規模、構法、施行業者、施主、設計士などその詳細な概要の書類や図面を作成し、役所の審査を経て建築の許可を得ます。
工事届では建築地と構法、規模と施主など簡単な書類を提出すれば許可になります。
工事届のみの地域では上述した丸太組構法に準じないログハウスもまま建築されています。
が、工事届けだから何でも建てて良いという無法地帯である訳では無く、建築法規に準拠することが前提となります、しかし、審査も検査も無いのでおとがめがないのも実情です。
だからと言って基準に合致しない建築を行い、トラブルが発生したとしても、それは自己責任となる事を忘れないで下さい。
(バッド&パスタイプの一部は過去の建築基準法38条認定(現在は条文削除)により建築許可が得られるものもある)

斜にノッチを組んだログハウスが散見されます、丸太組構法基準では「耐力壁は水平力及び鉛直力に対し安全であるように、つりあいよく配置する事」とのみ書かれており交差角度については定められていません。つりあいよく配置されているのかどうかは確認申請の審査を行う建築主事が判断する事ですから、設計と主事によっては許可される場合もあります。
大抵の場合は交差角は90度が前提とされていますので申請が下りないのですが、今後はどうなるのか微妙なところです。

 

日本におけるログハウスの歴史は法律の歴史に置き換えても過言ではないと思います。
木造家屋の建築法規を中心にまとめてみました。

756年前後に東大寺に建てられた正倉院正倉は、校倉による北倉・南倉と板倉による中倉の一棟三倉の建物で三角に加工された檜材を井桁に組上げた校倉造りであります。
直径約60センチの丸柱で床下約2.7mの高床です。
古来より日本では倉として校倉造りや井篭造りで建物が作られ現在も地方に残っています。

1933年(昭和8年) 上高地帝国ホテルが建築される
これは長野県が予算19万円、欧州アルプスの「山の上ホテル」の建築様式にのっとり建築、
帝国ホテルが経営することになったもので近代ログハウスの先陣と言えるでしょう。同時期に雲仙観光ホテルも酷似した意匠で設計されています。
こちらは在来構法のようですがさしずめ今ならP&Bでしょう。
どちらも昭和初期の建築ながら現在もバリバリの現役です、改めて木造建築の素晴らしさが伺い知れます。

  1950年 現在の建築基準法が制定されました。
木造建築については建築基準法施行令の木造規定が定められ、この規定に合致しないログハウスなどは特殊構造建築物とされ合法的に建築する為には基準法38条による大臣認定が必要で
手間と時間とお金がかかるものでした。

80年代に入り日本では第一次ログハウスブームが巻き起こります。
一部の企業が38条認定を取得し、別荘などを中心にログハウスは建てられるようになりました。
この頃はログに対する技術も知識も十分でなかった為、後々に数々の問題が起こります。
ログは雨が入るのが当然、隙間ができるのは当たり前という風潮ができはじめたのです。
日本の高度成長期には貿易摩擦問題から欧米各国は政治的圧力で日本の市場開放を要求するようになりました。住宅業界では1982年(昭和57年)枠組壁構法(ツーバイフォー)が法制化され、木造建築に新しい選択肢が生まれました。
ログもまた北米からの政治的圧力を背景に法整備が進み1986年(昭和61年)3月29日建設省告示第859号により「丸太組構法の技術基準告示」
が制定されました。その後、平成2年の告示改正を受けても丸太組構法は延べ床面積300平米以下、絶対高さ8.5m以下、階数2階以下で小屋裏利用のみ、ノッチで囲まれる耐力壁は一辺の最大長さを6mまでとする30平米以下などの諸規制で縛られており、住宅地に普通に建てる事はほぼ不可能でした、
それは建築基準法第22条および第23条の存在です。
第22条で規定される区域内で建築される木造建築物の外壁は、23条により延焼のおそれのある部分(1Fで敷地境界より3m、2Fでは5m以内の部分)は準防火性能に関して政令で定める技術的基準に適合する土塗壁、叉は国土交通大臣の認定を受けた物としなければならないと規定されています。

1993年(平成5年)には建設省告示第1454号別記第一に規定された外壁の耐火試験に準じ、20分の載荷加熱試験をクリアすることで外壁が土塗壁同等の耐火性能を持つと認定されるようになりました。
ログ業界にとっては革命的な出来事でした。
90年代後半になるとログハウス協会や一部メーカーは、ログとログの間に熱膨張性発砲材を入れることでこの試験をクリアするようになり住宅地への進出を果たします。

1999年8月 ゲストハウス・シティホンカ東京を設立

2000年(平成12年)2月25日 HJは独自認定にて土塗壁同等耐火性能認定を取得
熱膨張性発砲材なしでの構造で幅112ミリ以上の角ログが22条地域でセットバック無しで建てられるようになりました。この頃、22条地域対応ログハウスが完成しはじめ、第二次ログハウスブームが始まります。

2002年(平成14年)5月15日 国土交通省告示第411号 丸太組構法の制約が大幅に緩和されました
ログ業界にとっては二度目の革命的な出来事です
建築基準法第38条の削除に伴い、38条認定を前提とする丸太組構法はその法律の根拠がなくなってしまいましたその為に新しい告示を制定する必要があったのですが、既にマシンカットログメーカーの一部にはこれまでの法規内では認められていなかった二階部分へのログ壁の立ち上げや、高さ制限、
混構造などについて独自に38条認定を取得し新しい試みを製品化していました。
新しい告示ではこれらも全て包括される必要があった為、制定までにはかなりの時間がかかりました。
結果としてこれまでのログハウスの規制は大幅に緩和される内容となりました。
基本的には従来の告示の内容なのですが、マシンカットログを中心とする一部のログについては構造計算を行うことによりその設計の自由度が格段に広がったのです。


旧告示             新告示      
最大面積   300平米以内         3000平米以内            
絶対高さ    8.5m以内           13m以内             
耐力壁面積 30平米以内(一部40平米)(最長6m) 60平米以内(最長10m)(それ以上も可) 
耐力壁高さ   4m以内           6m以内               
階数     小屋裏利用2階まで      RC・S造混構造3階建(3階は小屋裏利用) 
丸太組のみ二階建ての許可
※一部のログとは、一定の樹種で含水率20%以下、断面積が150cm2以上で幅90ミリ以上など
など一般の木造建築同等の規模で幅広く建築を行うことができるようになったのです。



2003年5月8日 有限会社ウエストガーデン設立 秋よりホンカ大分として営業開始

皆さんはログハウスという言葉を聞いたことはあっても、皆さんの周りにログハウスを建てて実際に住んでいる人はそういないと思います。
街中であれば尚更です。それにはこのような理由があったのですね。

第一次ブームの後には、その未熟な技術で作られた多くのログハウスに多くの問題が起こり、ログハウス=山小屋のイメージが定着し始めます。
その後、マシンカットログを中心に数多くの技術革新とノウハウの蓄積を経てログハウスはデザイン的にも技術的にも大きく進化しました。
皆さんは住宅の選択肢の一つとしてログハウスを選ぶ事ができるようになったのです、住宅金融公庫や民間住宅ローンも利用することができる新しい構法なのです。
残念ながら、従来の手法や、未熟な設計技術、施工技術によって欠陥ログが生まれている事も事実であります。
私達は高いレベルでのログハウス建築を普及させるべく、技術向上にとり組んでいます。

ここには新しいスタイルのログハウスがあります。


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魚籃寺